乾いた俺の生活に、一服の潤いを…                    .
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

-------- -- --:--
別窓 | スポンサー広告
…存在意義
生きている者は希である。

多くの者は、唯そこに存在しているだけである。



どこぞの外国人が、このような格言を残している。

この格言を思うとき、俺は研究していた時の事をよく考える。



今思えば、あれが生きていると言えるのだろう。

だが、今の俺は生きてはいない…ただ、ココに存在しているだけだ。

生きているとはとても言えない。




大学院の修了は、ほぼ確実といえるだろう。

それは教授も言ってくれている。

試問の後日、教授からメールがあった。



史料を返還しなくてはならない。

俺の研究対象の史料は、教授が自腹を切って買ってくれたモノだ。

俺の研究のためだけに、購入してくれたのだ。




最大で800頁、最小でも600頁に及ぶ本が15冊

中古として扱われているモノだが、15冊で15万を超える価格。

単純計算で1冊につき1万円もする史料だ。

到底、俺では購入する事は出来ない。


また図書館で借りても2週間、大学の図書館でも1ヶ月で

返却しなくてはならない。



そんな状態では研究などままならないと言って教授が購入してくれたモノだ。

その史料を返却しに大学の研究室へ行った。



教授の研究室に訪れた時、今後や将来のことを聞かれ

俺は「先生のようになるために、高校の教員をやるつもりです。

教員になっても研究は続けたいと思っています。」と答えた。



教授は一言、「頑張らんとあかんぞ、えぇか!?」と激励してくれた。

それから、毎日、教員採用試験に向けて必死で勉強している…つもりだ。



だが、受験のために浪人していた頃と同じだ。

何も感じない、不安はある。こんな勉強で受かるのだろうか…と。



バイトもしていないため収入もない、早く働かなくてはならないと思っている。

だが、毎年この時期は決まって鬱になる。 これこそ生きた心地がしない。



大学に入る時は、早く行きたくて仕方がなかった。

だが、今は逆だ。新しく社会に出るのが怖くて仕方がない。

頭では分かっている、自分で飯が食っていけるように仕事をせねばならない。

気ばかり焦る。でも、この気分だけはどうにもならない。



最近、この格言をずっと思い出す。

社会に出て、責任を背負って仕事をしている人たちは立派だと思う。

そのような人からしたら、俺はただの甘ったれだろう。



こんな俺は…生きているなどとは決して言えない。

ただ、ここに存在しているだけ…ただあるだけの物と同じだ。

人の存在する意味ってなんだ、存在意義って…




今日は、2月26日…過去に大きな事件が起きた日だ。

青年将校が「君側の奸」とした国賊議員を斬りに行った日だ。

俺自身の存在する意味を考えるために、そこから始めるか…


スポンサーサイト
2009-02-26 Thu 21:34
別窓 | 日記 _((φ(・ω・*) カキカキ… | コメント:1 | トラックバック:0
やっとこさ肩の荷が…
今日は論文の試問があった。

似合いもしないスーツに身を包み、昼に大学に行き

控え室で試問の時を待つ…



何を聞かれるか分からないから、たまったもんじゃない。

いやな質問されなきゃいいがと思いつつ

自分の論文を読み返す…




ひたすら凹む、必死でやってきた論文だが

自信が持てない、本当にこれでいいのか…

そんな事を考えていたら、すぐに試問の時間になった。




通常、試問は30分間なのだが、俺の後がいないため

好きなだけ延長出来るのも、たまったものではない。




結局、試問の30分はすぐに過ぎたが

先生方の質問は止まるところを知らず、永遠50分近く、質問攻め…

いっそ、この場で腹を斬らせてくれと思ったよ。



とりあえず、論文は提出し、試問も終えた。

後は論文の評価が下るのを待つばかりだ。

本当に修了できるのだろうか…そればかりが頭をよぎる。



まぁ、済んでしまった事は何を言っても始まらない。

俺がやらねばならないことは次のための一歩を踏み出す事だ。

今日くらいはのんびりしても、罰は当たらんだろう…



家に帰ってきて、のんびり過ごしていたのだが…職業病だろうか?

落ち着かない、何故か分からないが、落ち着かない。




やっぱり研究しよう!

ココで終わって、のんびり過ごしてしまったら

もう一生研究に手をつけないかも知れない。




それでは駄目だ!!

研究対象を決めた時に生涯、研究すると決めたはずだ!

学者の研究に対して、もっともやってはならないこと…

それは、「やったりやらなかったり」というムラがあることだと

素行先生も松陰先生も歴史の中で語っている。




だから、論文ができ試問が終わっても、俺は次の研究に向けて

試行錯誤しながら、考察をせねばならないのだ。



まず、手始めに次の論文ではどういうことをやるのか

それから考えようと思う。




さぁ、気分を入れ替えて、新たなステップの始まりだ。

ココからが、また俺の正念場となる…俺の新たな戦場へ…

今日、この場から研究の新しい第一歩を踏み出すのだ。


2009-02-16 Mon 23:08
別窓 | 研究 _φ(。_。`;) ガリガリ… | コメント:0 | トラックバック:0
…最愛の弟
前にも言ったが、俺には弟がいる。

俺にとって、この世でもっとも大事な弟だ。



名前をじゅにあという。

彼は『免疫介在性溶血性貧血』という病をかかえている。

最近、薬の影響もあり、リンパ腫が発見された。

そして、免疫を抑制しなければならない薬を飲んでいるためか

多臓器不全も引き起こしてしまい、自発呼吸が困難になってしまったため

2・3日前に病院に入院させていた。

       こりから寝るの!



今朝、8時頃…その病院から電話が入った。

弟が、じゅにあが天に召されたそうだ。

寝れず、ずっと起きていた俺は、その話を親から聴かされた時

頭の中が真っ白になった。




それからすぐ準備をして、家を出た。

病院まで、車で約40分…

病院についたら、じゅにあの担当の先生が来ていた。

先生は月曜日、休みのはずだ。

じゅにあの事を聞いて、飛んできたのだろう。

じゅにあはいい先生に診てもらった、親はそう言って感謝の言葉を述べていた。

        ん?なんぞ?



俺は眠ったじゅにあを見て、昨日の感情とは違った涙が一気に溢れ出た。

もう、その後は何がなんだか分からなかった。

ただ、じゅにあの亡骸を抱き、泣くしかなかった。

俺には、それしか出来なかった。ただ、泣く事しか出来なかった。




じゅにあ…俺はお前が、この家にきて7年間、俺には本当に幸せだったよ。

7年の生涯、短いという人もいるかも知れない。

だが、じゅにあにとっては必死で生きた、かけがえのない7年だったはずだ。

俺も、ずっとじゅにあを見てきた。

外から帰ったら、じゅにあを必ず撫でるようにしていた。

それを今でも思い出す。

もうじゅにあを撫でてやることは出来ない。俺に擦り寄ってくる事も…

             テニスウェア着ちゃった



ずっと涙が止まらない…不甲斐ない兄を、情けない兄を許して欲しい。

いつも遊んでやれずに、散歩もたまにしか行けずに

本当にごめんな。本当に、本当にごめんな。



天国でじぃちゃんと一緒に、今度こそ元気でいてな。

今日は、ずっとお前と一緒にいるぞ。

兄は、兄の心にはずっとお前がいるぞ、だからもう苦しまなくていいんだ。

ゆっくり寝て、天国でいっぱいじぃちゃんに甘えておいで。

じゅにあの大好きだったおじぃちゃんに…




兄は頑張って、お前の分も必死で生きて

お前に向けた愛情を、今度は皆に返すから。



本当に、本当にありがとう。

愛しのじゅにあへ、兄より最高の愛を込めて…

       最高の弟
        画像は全てクリックで大きくなります。


…最愛の弟…の続きを読む
2009-02-02 Mon 23:48
別窓 | 日記 _((φ(・ω・*) カキカキ… | コメント:1 | トラックバック:0
惜別の時
2月1日(日)…今日はゼミの飲み会だった。



俺の所属する『日本近世教育史ゼミ』は、その名の通りなのだが

日本の近世(戦国・江戸時代以降)の歴史、また教育とその歴史について

研究するゼミだ。 うちのBoss…つまり、教授は「吉田松陰」の研究をしている。

松陰は幕末の人物であり、教育者・学者でもある。



俺は、そんな先生の下で「山鹿素行」の研究をした。

素行は江戸時代前期の人物である。松陰とは生きた時代に少しズレがある。

だが、素行の考え方は、浅野内匠頭や大石内蔵助、吉田松陰にも受け継がれている。

また、現在言われるような「武士道」の定義を打ち立てた人物であると認識している。


そして、その研究を、これからも続けていくつもりでいる。



先生にしてみれば、さぞ出来の悪い学生であったと思う。

今でも、先生の期待に沿えず、駄目な論文しか出せず申し訳なく思っている。



論文提出から今日まで、ずっと憂鬱な気持ちは変わらない。

それは、俺の論文が良くないものだという自己認識が強いせいもあるだろう。

だからなのか、今日の飲み会に行くのは気が引けた。

だが、後輩が幹事をつとめ、先生も出席する。

この場に、俺が行かないなんてあってはいけないだろう。



昼に起きて、しぶしぶ準備し、16時ちょい過ぎに家を出た。

電車の中では、ずっとiPodで曲を聴き、気晴らしに小説を読み

少しでも重い気分を忘れる為に、1時間ちょっと本に没頭していた。


飲み会のある場所に着いたのは、18時ちょっと前だった。

居酒屋についた時には、まだ幹事の後輩しかおらず

全員が集合したのは18時を少し過ぎた頃だった。



全員が集合し、乾杯に至ったのは18時半頃だったと思う。

それから、先生と色んな話をした。

何故か、俺が先生の対面…珍しく入った後輩の女の子達は先生の付近


元々、女の子と話をするのが苦手な面があるため

後輩の女の子(4人)と席を離れ、極力話さないで済む場所にいられるのは

まぁ、なんとか…といったところだが…先生の対面は、やはり厳しい。



色々と大学の裏側を先生と語り、僕が学部にいた頃の話をして懐かしんだ。

俺は最初の乾杯の時に酒を入れただけだが、先生の酒が進むに連れて

テンションが上がってきたのか、先生の悪い癖が出てきた。

むちゃぶりである!グラスに残った芋焼酎を一気に飲み干して一言…


「まふ!『男たちの大和』だ、Close Your Eyesを歌え!!」

3年生もいるのに、何故に俺が歌うんだ!?

しかも、居酒屋のVIPルームに備え付けのカラオケが…

すかさず後輩の拍手が湧き、もう断れるような状況ではない!!



下手なのは重々承知の上で、とりあえず強制的にテンションを上げて大熱唱…

その後、すぐにM1(Master 1…大学院1年生)の子が曲を入れたため

連続で歌を強要されることがなくなったため、少し安心したのだが

そこから、居酒屋のVIPルームが大宴会場になってしまっていた。



M1に社会人入学の学生がいるため、何故か昭和の名曲シリーズになってしまった。

3年生の女の子も、何故か「なごり雪」や「津軽海峡冬景色」を熱唱していた。

先生も惜別の唄を歌ってくれた。



そんな大宴会がお開きになったのは21時半頃だった。

それから、またも先生の命令で「まふ!一本締めだ!!」

うちのゼミでは、上官の命令は絶対である。




一本締めのため、荷物を置いて皆が席を立ったとき

3年生が立ち居地を移動して、先生・M2(2人)・4年生(2人)を上座に据え

M1・3年生がその対面にたった。 その時だった…

一本締めの直前、3年生の女の子達4人が、花束と熨斗入りの手紙を

卒業生・修了生に手渡した。




生れて初めて貰った花束…涙が流れそうになるのを必死に堪え

後輩達に先輩から激励の一言を述べた。

そして、一本締めで、楽しくめでたく終了した。



久々に学生とゼミで飲んで、楽しい時間を過ごし、後は帰るだけ。

会計を済ませて、店を出た所で、3年生の子たちに強制的に連行され

2次会のカラオケへ…なんというタイミングか、カラオケは居酒屋のすぐ横にあった。



先生方と話しながら帰ることを考えていたのだが、それも出来ず…

後輩に連行されるままに、カラオケへ…orz

オヂさん、ちょっと疲れちゃってるのに…



さすがに「まふのオールナイトニッポン!」は出来ないため

終電の時間を確認して、それから先生の前では歌えないB-DASHや

ブルーハーツを大熱唱、カラオケで飛んだり跳ねたり、10人で大暴れ…

…実は今、ちょっと足や腰が痛い



疲れて、休憩しているときに、後輩が「手紙呼んでくださいよ!」との一言。

言われるままに、熨斗をとり、中の寄せ書き風な手紙を読む…

A君・I君・S君・Uさん・Iさん・Bさん・Mさん…


3年生全員が俺だけに向けた一言を、ありったけの言葉で俺にぶつけてくれていた。

手紙を読み始めて3分ほど…先ほどの堪えていた涙も上乗せされて

一気に感情と共に溢れ出た。



俺は3年生や後輩たちにとって、いい先輩ではなかったと思う。

レポートに対してキツい言葉、厳しい指導ばかりで、いつも険しい顔をしていて、

相談もまともに出来なかったかも知れない。

それなのに、花束と手紙…もう涙を堪えるなんて必要ないだろう。


*:・°★:*:・°☆:*:・°★:*:・°☆:*:・° *:・°★:*:・°☆:*:・°★:*:・°☆:*:・
●後輩からの手紙(一部)

  論文の史料吟味や分析を指導してもらい、ありがとうございました。


  愚痴や相談だったのに、いつもニコニコしながら、いつも真剣に聴いてもらって
  本当にありがとうございました。


  先輩の研究を見て、凄く大変なんだという事を知りました。
  それをやり遂げたまふさんは、それだけで自分にとって大きい存在です。


  論文のテーマや研究題材の選び方など
  指導して頂いてありがとうございました。


  先輩の与えてくれた試練のお陰で
  研究のために史料分析が出来るようになりました。


  相談に対して親身になって、考えてアドバイスして戴いて
  お陰で論文が出来そうです、ありがとう御座いました。


*:・°★:*:・°☆:*:・°★:*:・°☆:*:・° *:・°★:*:・°☆:*:・°★:*:・°☆:*:・


後輩の前で、感涙をこぼした。



うちのゼミには、今まで女の子は殆どいなかった。
             (過去に1度、1人だけ存在していた時期もありました。)

寄せ書きに花束、女の子達が提案したことだったらしい…

やはり、こういう時に女の子がいるといいんだろうなぁ…

俺、今年、修了でよかったとつくづく思った。




20代最後の歳になり、生れて初めて花束を貰い、後輩の前で男泣きし…

今日、飲み会に来るときに足が重かったのが嘘のようだ。

行きたくないと思ってしまった自分に腹が立った、それと同時に

後輩達の嬉しい言葉、こういう皆に支えられて俺が存在しているんだという

本当にありがたい時間を過ごさせて貰った。




帰りの電車の中で気づいたことなんだが…

熨斗の封筒の中に飴が1つ、アンパンマンのパッケージに包まれた

チュッパチャップスのような飴が…

なんでも、個性とアニメのキャラに合わせて、皆が選んだ…との事だ。



同期のM2の子は「アンパンマン」、4年生の男の子は「ドキンちゃん

もう一人の4年生は「食パンマン


そこまではいい…だが、何故に俺の飴のパッケージ

どうして、俺はバイキンマンなんだ!!!

ここまでオチを付けられて、感無量としか言いようがない。



色んな事があった大学時代、研究に苦労した大学院時代

語り尽くせないほどの、知識と経験を積ませてくれた。




そして、後輩たちの感謝とエール…

今日は本当に良い日だ!皆と同じゼミで良かった、本当にありがとう!!


2009-02-01 Sun 23:59
別窓 | 日記 _((φ(・ω・*) カキカキ… | コメント:0 | トラックバック:0
| まふの隠れ家@俺たち三十路連合 |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。